結婚50年の金婚式を祝う旅には、夫婦ふたりで思い出の温泉地を再訪する形と、孫まで連れて祖父母を主賓にする三世代旅の二つの形があり、編集部は熱海・別府・蓼科の老舗3軒をその手がかりとして選びました。2026年に金婚式を迎えるのは、1976年に結婚した夫婦です。団塊世代の末尾にあたる1949年生まれが満77歳になる年でもあります。体力のあるうちに、親が主役の旅をどう組むか。本稿は宿を順位づけるのではなく、宿の選び方を考えるエッセイです。新婚旅行の時代に栄えた温泉地のいま、50年ぶりの宿に求めるもの、三世代旅の作法を順に整理します。
※ 目安価格は公開販売価格の集計に基づく参考値で、実際の予約料金とは異なります。1泊2名利用時の1室あたり料金(税込)です。食事なし・朝食のみのプランを含む価格帯のため、夕朝食付きではこれより上がります。
2026年に金婚式を迎えるのは、どの夫婦か
まず、数字を確かめておきます。日本の婚姻件数が戦後最多の109万9,984組に達したのは1972年。1970年から74年まで5年続けて100万組を超え、1975年も94万1,628組を数えました。団塊世代(1947〜49年生まれ)が20代半ばで次々に結婚した時期です。
つまり金婚式の最大の波は2020年代の前半にすでに始まっており、2026年に結婚50年を迎える1976年組は、その厚い層の後半にあたります。「2026年だけが特別な年」というわけではありません。ただ、子の側から見ると事情が変わります。団塊世代の末尾、1949年生まれが満77歳になる。孫は小学生から高校生で、まだ祖父母との旅についてくる年頃。親が自分の足で湯に入り、孫が同行を嫌がらない。その二つが重なる期間は、長くはないのです。
金婚式の旅を「いつか」ではなく今年の予定に入れる理由は、暦よりも、この重なりの短さにあると編集部は考えます。
新婚旅行の時代に栄えた温泉地は、いま
新婚旅行が大衆化したのは1950年代。関東なら熱海・伊豆・箱根といった近場の温泉地が主な行き先でした。1960年代後半からは宮崎に人気が移り、ピークの1974年には約37万組、その年に結婚した夫婦のおよそ3組に1組が宮崎を訪れたとされます。1976年に結婚した夫婦にとって、熱海は自分たちの新婚旅行先というより、親や兄姉の世代の記憶が残る町。九州を周遊する経路上にあった別府のほうが、当人の記憶に近いかもしれません。
その熱海は、長い低迷を経て持ち直した温泉地です。宿泊客数は1960年代半ばの約530万人から2011年度に246万人まで落ち込み、2015年度には308万人まで戻りました。駅前と商店街は若い世代で賑わうようになりましたが、50年ぶりに訪れる夫婦が泊まるべきは、新しい宿とは限りません。
編集部が挙げたいのは熱海 大観荘。1948年に旅館として開業した、数寄屋造りの宿です。石段を上がって玄関に入り、庭を眺め、露天風呂のある大浴場へ歩く。町が変わっても、宿の中の時間は半世紀前の旅館のままである。再訪の旅でいちばん効くのは、この「変わらなさ」だと感じられます。
50年ぶりの宿に求める「変わったところ」と「変わらないところ」
とはいえ、70代後半の身体は20代のそれではありません。変わらないでいてほしいのは、建物の骨格、庭、湯、そして宿の人の距離感。変わっていてほしいのは、寝具、手洗い、食事の姿勢、館内の移動です。布団よりベッド、座卓より椅子とテーブル、長い廊下よりエレベーター。記憶に訴える部分と、身体を支える部分を分けて考えると、宿の見え方が変わります。
大観荘は前者に振り切った宿で、バリアフリー対応の客室はなく、館内の段差も多い。そのかわり食事は椅子とテーブルが基本で、洋室や和洋室も用意されています。夫婦ふたり、まだ階段を上がれるうちに泊まる宿と言えます。
両方の釣り合いを取った例が、別府のホテル白菊です。1957年に旅館として始まり、本館の竣工は1973年。まさに団塊世代が結婚した頃の建物ですが、樹齢百年を超える楠と日本庭園、創業時からの日本家屋を残しつつ、最上階にラウンジを設け、夕食を3つの形式から選べるようにしてきました。器を建て替えずに、過ごし方を更新する。老舗の中規模旅館が生き残ってきた道筋が、ここに見て取れます。
孫が加わるとき、祖父母を主役にする宿の作法
三世代旅は、放っておくと孫が主役になります。プール、ビュッフェ、遊び場。それ自体は悪くありませんが、金婚式の旅でそれをやると、祝われるはずの二人が付き添いに回ってしまう。祖父母を主役に据えるには、宿の側に三つの条件が要ります。
一つめは、早く客室に入れること。移動の疲れが出やすい世代にとって、到着後すぐ横になれるかどうかは大きい。二つめは、食事の場所が閉じていること。個室か部屋食であれば、孫が多少騒いでも気兼ねがなく、祝いの言葉や記念写真にも時間を使えます。三つめは、客室から浴場と食事処までの距離が短いこと。同じ宿でも客室棟によって歩く距離は大きく違います。
この三つを揃えた一軒として、蓼科 親湯温泉を推します。チェックインは14時から、夕食は個室。本館の客室なら玄関・大浴場・レストランへエレベーター1本で行けます。加えて約3万冊の蔵書がある。祖父は本を開き、孫は別の棚を漁り、親はようやく座る。三世代が同じ部屋にいながら、それぞれ別のことをしていられる場所があることは、旅の後半に効いてきます。小津安二郎が家族を描く脚本を書いた土地で、家族の節目を祝う。蓼科という選択には、そういう含みもあります。
本稿で触れた宿
| # | 宿 | エリア | 目安価格 | 1行特徴 |
|---|---|---|---|---|
| 1 | 熱海 大観荘 | 熱海市 | ¥57–¥79k | 1948年開業の数寄屋造り。夫婦ふたりの再訪に向く、変わらない側の宿 |
| 2 | 別府温泉 ホテル白菊 | 別府市 | ¥34–¥43k | 1973年竣工の本館を更新し続ける。個室・部屋食で三世代の食卓が組める |
| 3 | 蓼科 親湯温泉 | 茅野市 | ¥22–¥37k | 創業百年。14時チェックインと個室食、約3万冊の蔵書で祖父母が主役になる |
1. 熱海 大観荘 — 静岡県熱海市・林ガ丘町
1948年開業、数寄屋造りの客室と庭を守る熱海の旅館。夫婦ふたりの金婚式に、まず推したい一軒。
数寄屋造りの温泉旅館。
目安価格 ¥57,000–¥79,000 / 泊 (2名1室・通常期)

実業家の別荘を前身に、1948年7月に旅館として開業した一軒です。数寄屋造りの和室、造園家・龍居松之助による庭園、露天風呂を備えた3か所の大浴場。50年前の旅館の作法がそのまま残っていることが、再訪の宿としての価値と言えます。公開レビューデータを集計すると、料理と接客、そして記念日の滞在に関する評価が厚い宿であることが読み取れます。一方で館内は段差が多く、バリアフリー対応の客室はありません。足腰に不安があれば、洋室・和洋室や階段を避けられる客室の調整を予約時に相談しておきたいところです。
- 向く: 結婚50年を夫婦ふたりで祝う旅、数寄屋造りの和室と庭に価値を置く人、熱海駅からの移動を短く済ませたい旅程
- 向かない: 車いすでの移動が前提の旅(バリアフリー客室がなく館内に段差が多い)、15時より前に客室へ入りたい旅程(早い時間のチェックインは受け付けていない)、露天風呂付き客室を条件にする人(設定がない)
- 最寄り駅: JR熱海駅から徒歩約 10 分(急な登り坂のためタクシー約 5 分、または 13:45〜16:45 に 30 分間隔の無料送迎バス)
- チェックイン: 15:00〜 / アウト 〜10:30
- 食事: 夕食は 18:00〜、朝食は 7:30〜。椅子・テーブル席での用意が基本
- 温泉: 大浴場 3 か所、すべてに露天風呂。和室の客室風呂にも温泉を引く
- 駐車場: 無料・約 40 台
- 開業: 1948年(旅館として営業開始)
2. 別府温泉 ホテル白菊 — 大分県別府市・上田の湯町
1957年開業、1973年竣工の本館を磨き続ける別府の宿。個室と部屋食で三世代の食卓が組める。
90室、温泉旅館。
目安価格 ¥34,000–¥43,000 / 泊 (2名1室・通常期)

1957年に「旅館 白菊荘」として開業し、現在の本館は1973年の竣工。半世紀前の建物を使い続けながら、最上階のラウンジや大浴場の脱衣場(2024年改装)など、過ごし方の部分を更新してきた宿です。夕食は最上階のダイニング、完全個室の日本料理、部屋食の3通りから選ぶ形式で、祖父母の体調と孫の年齢に合わせて食卓を決められます。公開レビューデータを集計すると、朝食とデザート、ラウンジ、接客への評価が目立ちます。定員5〜6名の客室があり、三世代が一室にまとまることも、二室に分かれることもできる点を編集部は評価しました。
- 向く: 祖父母・子・孫の三世代で祝う金婚式、個室か部屋食で夕食をとりたい家族、別府駅から歩ける範囲で宿を探す旅
- 向かない: 十数室規模の静かな宿を求める夫婦(90室の中規模で家族客も多い)、海沿いの眺望を第一に考える人(駅の山側・市街地の立地)、移動に介助が要る場合(客室までの動線は予約時に確認が必要)
- 最寄り駅: JR別府駅西口から徒歩約 7 分
- 客室サイズ: 26〜112 ㎡(二間続き和モダン 75 ㎡・定員 5 名、上層階和洋室は定員 6 名まで)
- チェックイン: 15:00〜 / アウト 〜11:00
- 食事: 夕食は最上階ダイニング・完全個室の日本料理・部屋食の 3 形式(開始 17〜19時)、朝食は最上階でビュッフェ
- 温泉: 源泉かけ流し。265 畳の「楠湯殿」と「菊湯殿」を男女日替わりで(15:00〜翌1:00、5:00〜10:00)
- 駐車場: 70 台
- 開業: 1957年(旅館 白菊荘)/ 本館竣工 1973年 / 東館竣工 1980年
3. 蓼科 親湯温泉 — 長野県茅野市・蓼科高原
2026年6月に創業百周年を迎えた蓼科の湯宿。約3万冊の蔵書が、三世代それぞれの居場所になる。
渓流沿いの温泉旅館。
目安価格 ¥22,000–¥37,000 / 泊 (2名1室・通常期)

1926年(大正15年)創業、2026年6月1日に百周年を迎えた宿です。2018〜19年の改装で和室にベッドを入れ、ロビー階に車いす対応の共用トイレを設け、蔵書約3万冊のラウンジを整えました。チェックインは14時からで、移動に疲れた祖父母が早めに横になれます。夕食は扉で仕切られた個室でとる形式。小津安二郎が好んだ客室を再現した特別室は、三世代での利用も想定されています。公開レビューデータを集計すると、料理とロビー空間、貸切風呂への評価が厚い一方、客室棟による移動距離の差には注意が要ります。本館の清流亭・深山亭を指定するのが、編集部の勧める選び方です。
- 向く: 孫を含む三世代で祖父母を主賓にする旅、本と温泉で連泊したい夫婦、14時から客室に入りたい旅程
- 向かない: 車を使わず駅から自由に動きたい旅(茅野駅からの無料送迎は1日2便・要事前連絡)、階段を避けたいのに客室棟を指定しない予約(山月亭は6階の3室が階段利用、奥のすずらん亭は車いす不可)、夜に街を歩きたい人(渓流沿いの一軒宿)
- 最寄り駅: JR中央本線 茅野駅東口から無料送迎バス(午前・午後各 1 便、要事前連絡)。路線バスは「親湯入口」下車
- 客室サイズ: 25 ㎡〜(すずらん亭 25 ㎡、山月亭 38 ㎡、特別室 蓼科倶楽部 55 ㎡ など)
- チェックイン: 14:00〜 / アウト 〜11:00
- 食事: 朝夕とも個室。和フレンチを軸にした「蓼科 山キュイジーヌ」
- 館内: 蔵書約 3 万冊のラウンジ、貸切露天風呂(到着順の受付)、全館禁煙
- 駐車場: 無料
- 創業: 1926年(大正15年)/ 改装 2018〜2019年 / 2026年6月に創業百周年
よくある質問
Q. 金婚式の旅はいつ行くのがよいですか?
A. 結婚記念日の当日にこだわらず、気候の穏やかな時期の平日を編集部は推します。熱海と別府は秋から春、標高の高い蓼科は新緑から紅葉の時期が歩きやすい。冬の蓼科は路面の凍結があるため、茅野駅からの送迎や路線バスを使う計画が安心です。
Q. 予約のタイミングは?
A. 三世代で複数の客室や定員5〜6名の客室を押さえる場合、連休や夏休みは早めに埋まります。日程が決まった段階で、客室棟の指定、食事の場所、椅子席の希望をまとめて伝えるのが確実です。目安価格は時期によって変わり、週末と連休は上がる傾向があります。
Q. 祖父母の足腰に不安がある場合、何を確認すればよいですか?
A. 玄関から客室までの段差、客室から大浴場と食事処までの距離、ベッドの有無、食事が椅子席かどうかの4点です。熱海 大観荘はバリアフリー客室がなく段差が多いため事前相談が前提、蓼科 親湯温泉は本館の清流亭・深山亭を選ぶと移動が短くなります。
Q. 孫が小さくても泊まれますか?
A. 3軒とも家族での滞在を受け入れています。ホテル白菊は定員6名までの客室と部屋食があり、孫連れでも食卓を組みやすい一軒です。熱海 大観荘は子ども向けの夕食に変更できます。寝具や食事の内容は年齢で変わるため、予約時に人数と年齢を伝えておくと行き違いがありません。
Q. 車がなくても行けますか?
A. 熱海 大観荘はJR熱海駅からタクシー約5分で、午後は無料送迎バスが30分間隔で出ます。ホテル白菊はJR別府駅西口から徒歩約7分。蓼科 親湯温泉はJR茅野駅東口から無料送迎バスが1日2便あり、事前連絡が必要です。3軒のうち最も鉄道向きなのは熱海と別府と言えます。
本記事の参考情報
・厚生労働省 人口動態統計特殊報告「婚姻に関する統計」 — 婚姻件数の年次推移
・熱海市観光協会 — 熱海の観光情報
・Wikipedia: 結婚記念日 — 金婚式など節目の名称と由来
編集部から
3軒に通底するのは、建物を建て替えずに使い続けてきた中規模の老舗であること。新しい宿の快適さは数年で追い越されますが、50年、100年という時間は後から足せません。金婚式の旅に老舗を選ぶ意味は、夫婦の歳月と宿の歳月を重ねられる点にあると編集部は考えます。夫婦ふたりなら「変わらないところ」を、孫が加わるなら「変わったところ」を先に見る。その順番さえ決まれば、候補は自然に絞られます。両親が新婚旅行で訪れた町を、まだ聞いたことがないという人も多いはずです。行き先を決める前に、まずその話を聞いてみてはどうでしょうか。



