同じ温泉地で一泊ずつ二軒に泊まり分ける旅は、連泊割を捨てても成立する——2026年の各社トレンド調査で共通して挙がった「ホテルホッピング」を、兵庫・城崎温泉を舞台に検証した。一軒で完結する滞在より、湯の質・食事の作法・部屋からの向きを比べる楽しみが勝る、という価値の転換が背景にある。ただし感傷だけでは旅程は組めない。チェックアウトからチェックインまでの数時間をどう使うか、荷物をどう動かすか、そして総額はどれだけ変わるのか。公開販売価格を集計し、二泊を一軒にまとめた場合と二軒に分けた場合を同一日程で並べたうえで、性格が対になる三軒を挙げる。
| # | 宿 | 位置 | 客室 | 目安価格 | 1行特徴 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 三木屋 | 湯島・温泉街中心 | 16室 | ¥64,000–¥90,000 | 昭和2年築の木造3階建て。外湯に出るための街なかの宿 |
| 2 | 西村屋本館 | 湯島・温泉街中心 | 約30室 | ¥120,000–¥256,000 | 安政年間創業。平田雅哉の数寄屋を別棟に持つ最高格 |
| 3 | 西村屋ホテル招月庭 | 湯島・大谿川上流 | 約100室 | ¥59,000–¥152,000 | 五万坪の森林庭園。館内で完結させるための大規模館 |
※ 目安価格は公開販売価格の集計に基づく参考値で、実際の予約料金とは異なります。1泊2名利用時の1室あたり料金(税込)です。下限は通常期、上限は松葉ガニ期の水準を示しています。
連泊割を捨てる人が、2026年に増えた
宿は長く、連泊を歓迎してきた。二泊目を割り引き、三日目をさらに割り引く。清掃と受け入れの手間が一泊分で済むのだから、当然の設計である。旅する側にとっても、荷を解いて置いたままにできる連泊は合理的だった。
その合理を、2026年の旅人は自ら手放し始めている。理由は単純で、比べたいからだ。同じ湯の町に二軒あって、片方は木造の階段が軋み、片方は森の中で朝食が洋皿で出てくる。どちらが良いかではなく、両方を一つの旅の中に置いたときに何が見えるか。宿を「泊まる場所」ではなく「読む対象」として扱う態度が、連泊割よりも優先されるようになった。
ただしこの態度は、どの温泉地でも同じように成立するわけではない。宿が自家源泉を抱え、湯こそが宿の資産である土地では、宿を替えることは湯を替えることを意味する。二泊のうち一泊を捨てる感覚が残る。ホッピングが設計として機能するのは、湯が宿の外にある町だけである。
城崎という例外 — 湯が、宿のものではない町
兵庫県豊岡市の城崎温泉は、その条件を最初から満たしている。町には七つの外湯——鴻の湯、まんだら湯、御所の湯、一の湯、柳湯、地蔵湯、さとの湯——が点在し、旅館の内湯はあくまで補助的な位置づけにある。城崎温泉観光協会は外湯を「共同浴場」と明記し、地元の人々が日常的に使う場であると説明している。泉質はナトリウム・カルシウム-塩化物・高温泉、湯温はおよそ42℃で、七つに共通する。
決定的なのは、宿泊者への扱いだ。町の宿に泊まると、チェックイン時に外湯のフリーパスが渡される。「ゆめぱ」と呼ばれるこのパスには温泉街の加盟店での付け払い機能があり、支払いは宿泊費とまとめて精算できる。つまり、どの宿に泊まっても入れる湯は同じで、外湯利用の権利は宿を替えても途切れない。日帰り客が同じ一日券を買えば大人1,500円、外湯を個別に払えば1回大人800円という価格が、宿泊者には最初から含まれている。
宿を替えても失うものがない。これが城崎を、日本でホッピングの障壁が最も低い温泉地のひとつにしている。開湯は717年、道智上人によると伝わる。1300年かけて、この町は湯を宿の私有物にしない方式を選び続けてきた。
ひとつ注意がある。2026年は外湯の一つ「鴻の湯」が改修のため5月11日から10月30日まで長期休館している。紅葉期に七つすべてを巡る計画なら、再開の時期を観光協会の告知で確認してから日程を決めたい。外湯はそれぞれ定休日も異なり、鴻の湯は火曜、一の湯とまんだら湯は水曜、御所の湯と柳湯は木曜、地蔵湯は月曜が休みとなっている。二泊三日で回るなら、この曜日の配置こそが旅程の骨格になる。
性格が対になる三軒
城崎で宿を替えるなら、似た二軒を並べても意味がない。編集部が選んだのは、滞在の設計思想が正面から対立する三軒である。三軒はいずれも徒歩圏にあり、宿から宿への移動は10分前後で済む。各軒に添えた HotelPicks Score は、公開レビューデータを集計したうえで、本稿のテーマへの適合度を編集部が加味した独自指標である。
1. 三木屋 — 街の真ん中で、外湯に出るための宿
昭和2年築の木造3階建て、16室。志賀直哉が『城の崎にて』を書いた宿で、外湯へ出るための拠点として編集部が推す一軒。
16室、登録有形文化財の木造旅館。
目安価格 ¥64,000–¥90,000 / 泊 (2名1室・通常期〜松葉ガニ期)

元禄年間の創業から300年、現在は10代目にあたる。大正14年の北但大震災で一度倒壊し、昭和2年に再建された木造建築がそのまま残る。玄関のある東館は木造3階建てで、館内にエレベーターはない。志賀直哉は大正2年、山手線の事故で負った傷の養生のためこの宿に約3週間逗留し、そこから『城の崎にて』が生まれた。300坪の日本庭園は長編『暗夜行路』に描かれた姿を保っている。2013年の改修でロビーとライブラリーが整えられ、書棚はブックディレクターの幅允孝氏が選書した。食事は全室とも1階の食事処「平八郎」で供され、客室への出入りは案内時と布団敷きに限られる。木造の宿としての制約——階下の物音、段差、小学生未満の宿泊不可——を公式サイトが先に明示する姿勢も、編集部が信を置く理由である。浴衣は女性用約20種から選べ、下駄で外湯へ出る動線が滞在の中心に置かれている。
2. 西村屋本館 — 二泊目に、格を上げるという選択
安政年間創業165年。数寄屋建築の巨匠・平田雅哉が手掛けた別棟を持つ、城崎の最高格に位置する一軒。
約30室、純日本旅館。
目安価格 ¥120,000–¥256,000 / 泊 (2名1室・通常期〜松葉ガニ期)

三木屋から徒歩1分、同じ湯島の通り沿いに立つ。江戸・安政年間の創業で、公式サイトは創業165年と記す。別棟の「平田館」は昭和35年、数寄屋建築の巨匠・平田雅哉の手による登録文化財で、当時としては斬新な材料を用いた造りが今も残る。客室は「本陣の間」「松の間」「牡丹の間」など一室ごとに名を持ち、露天風呂付きの特別室から和室一間までが同じ館内に共存する。10歳未満の宿泊は受け付けていない。城崎温泉駅からは徒歩約15分、旅館組合が運営する無料送迎バスも予約制で利用できる。価格帯は三軒の中で突出して高く、通常期でも1泊2名12万円台から。二泊を通してここに置くのではなく、旅の後半に一泊だけ差し込む使い方が、総額を抑えながら数寄屋の密度を体験する設計として現実的だと編集部は考える。
3. 西村屋ホテル招月庭 — 森に引きこもるための宿
五万坪の森林庭園に抱かれた約100室。外湯に出ない一泊を引き受ける、館内完結型の対極。
約100室、温泉ホテル。
目安価格 ¥59,000–¥152,000 / 泊 (2名1室・通常期〜松葉ガニ期)

温泉街を流れる大谿川をさかのぼった先、三木屋から徒歩11分の位置にある。同じ西村屋の経営でありながら、本館とは設計思想が正反対に振れている。敷地は五万坪の森林庭園で、客室棟は森に臨む「庭の棟」と大谿川に隣接する「月の棟」に分かれる。大浴場「月下の湯」のほか、森の中に置かれたプライベートスパ、リラクゼーションルーム、洋のレストラン「Ricca」を備え、日本料理・バリニーズ・中国料理と食の選択肢も館内で完結する。犬を連れて泊まれる棟もある。つまりここは、外湯へ出なくても一日が成立するようにつくられた宿だ。二泊のうち一泊をここに置けば、下駄で街を歩く夜と、森で何もしない夜を、同じ旅の中に並べられる。城崎温泉駅からは無料送迎バスが用意されている。
チェックアウトからチェックインまでの4時間
ホッピングの実務上の核心はここにある。三木屋のチェックアウトは11時、チェックインは15時から18時30分。多くの城崎の宿がこれに近い設定で、つまり宿の間には毎回4時間の空白が生まれる。この4時間を「待ち時間」と捉えるか「一日の主役」と捉えるかで、旅の質が変わる。
城崎の場合、答えは外湯にある。朝7時から開く鴻の湯・御所の湯・一の湯・地蔵湯に対し、まんだら湯と柳湯は15時開店で、いずれも23時まで営業している。11時に一軒目を出て、昼前の空いた時間に7時開店組を一つ、昼食を挟んでもう一つ。15時に二軒目へ入り、夕食後に15時開店組へ出る。この配置なら、二泊三日で七つのうち五つから六つを、混雑を避けながら踏める。一軒に二泊して同じ動線を繰り返すよりも、湯の記憶が整理されやすい。
曜日だけは動かせない。定休日が湯ごとにばらけているため、水曜を挟むと一の湯とまんだら湯が同時に落ちる。二泊三日なら、月曜と木曜をまたぐ日程が最も取りこぼしが少ない。
荷物は、持って歩かない
宿を替える旅で最大の心理的障壁は、荷物である。ここでも城崎の町ぐるみの仕組みが効く。西村屋本館は公式サイトで、城崎温泉駅前の案内所に宿名と氏名を伝えて荷物を預ければ、宿の係が受け取りに行くと案内している。旅館組合が運営する無料送迎バスも、各旅館まで客を運ぶ。到着日と出発日はこの仕組みに任せられる。
中日の移動については、三軒がいずれも徒歩10分前後の距離に収まっていることが答えになる。三木屋と西村屋本館は約60メートル、招月庭までも700メートルほど。スーツケースを引いて浴衣の町を横切るのは無粋だから、一軒目のフロントに預けて外湯へ出て、15時前に受け取って歩く。それだけで移動は終わる。二泊三日で荷を二度解く手間は残るが、これは湯を比べるための代償として安い部類に入る。
総額はどれだけ変わるか
ここからは数字の話をする。公開販売価格を集計し、2026年10月1日から12月14日までの連続する二泊について、同じ宿に二泊した場合と一泊ずつ二軒に分けた場合の総額を、同一日程で並べた。対象は性格が最も対照的な招月庭と三木屋の組で、各日の最安値を積み上げた中央値ベースの比較である。
結果は、11月6日の松葉ガニ解禁を境にきれいに割れた。
| 時期 | 同じ宿に2泊 | 1泊ずつ2軒 | 差 | 分割が安い日 |
|---|---|---|---|---|
| 通常期(10/1〜11/5) | 約¥128,000 | 約¥122,000 | 約 −¥2,200 | 27日中17日 |
| 松葉ガニ期(11/6〜12/14) | 約¥180,000 | 約¥229,000 | 約 +¥47,000 | 17日中0日 |
※ 2名1室・2泊合計。日別最安値の中央値ベースで、差は同一日程で対にした値の中央値。連泊専用プランの割引は日別最安値に必ずしも反映されないため、同一館2泊の実額はこれより下がる場合がある。
通常期に限れば、宿を替えるコストは事実上存在しない。中央値で見ると分割のほうが約2,200円安く、27日のうち17日で分割が有利だった。連泊割を捨てる——という言い方自体が、10月の城崎では成立しない。町の宿はハイシーズン前の需要をそれぞれ独立に価格づけしており、二軒の安い日を拾い集めれば、一軒に留まるより下に出ることのほうが多い。
逆に、蟹が解禁された途端に構図は反転する。松葉ガニは城崎の宿にとって一年の主力商品で、11月6日以降の献立と価格は別の水準に移る。招月庭の1泊2名の目安価格は通常期の約¥59,000から¥152,000へ、三木屋は約¥64,000から¥90,000へ動く。二軒に分ければ蟹の献立を二度買うことになり、差は中央値で約47,000円、検証した17日すべてで同一館2泊のほうが安かった。
結論は明快だ。城崎でホッピングを設計するなら10月まで。紅葉と蟹を同時に狙う11月後半以降は、一軒に二泊して蟹を一度だけ深く食べるほうが、金額でも満足度でも筋が通る。
よくある質問
Q. 宿を替えると外湯のパスはどうなりますか?
A. 外湯のフリーパス「ゆめぱ」は宿泊する宿がチェックイン時に渡すもので、宿を替えれば二軒目でも改めて受け取れます。付け払いの精算はそれぞれの宿で完結するため、一軒目を出る際に温泉街での利用分を清算する流れになります。入れる外湯そのものは宿によって変わりません。
Q. 2026年秋、七つの外湯はすべて入れますか?
A. 外湯「鴻の湯」が改修のため2026年5月11日から10月30日まで長期休館しています。工事の進捗で期間が変わる可能性があると城崎温泉観光協会が告知しているため、七湯すべてを巡る計画なら出発前に最新の告知を確認してください。休館中はまんだら湯が水曜も臨時営業する措置が取られています。
Q. 二泊三日で外湯はいくつ回れますか?
A. 定休日と開店時間を織り込めば五つから六つが現実的です。鴻の湯・御所の湯・一の湯・地蔵湯は7時開店、まんだら湯と柳湯は15時開店で、いずれも23時まで。定休日は鴻の湯が火曜、一の湯とまんだら湯が水曜、御所の湯と柳湯が木曜、地蔵湯が月曜です。水曜をまたぐ日程は二湯が同時に休むため取りこぼしが増えます。
Q. アクセスは?
A. JR山陰本線の城崎温泉駅が拠点で、大阪から特急でおよそ2時間40分、京都から約2時間30分、神戸方面からも同程度です。三木屋と西村屋本館は駅から徒歩15分前後、招月庭は無料送迎バスが利用できます。旅館組合が運営する送迎バスは事前連絡が要ります。
Q. 子ども連れでも二軒に分けられますか?
A. 本稿の三軒に関しては制約があります。三木屋は木造建築の保全と静けさの観点から小学生以上、西村屋本館は10歳以上を宿泊の条件としています。招月庭は大規模館で受け入れ幅が広く、小さな子ども連れなら招月庭を軸に、二軒目を別の宿から選ぶ組み方が現実的です。
Q. 海外からの旅行者にも向く旅程ですか?
A. 向きます。浴衣と下駄で外湯を巡る体験は町ぐるみで設計されており、西村屋の公式サイトは日本語のほか英語・中国語簡体字・繁体字に対応しています。ただし木造旅館は段差と階段が多く、三木屋にはエレベーターがありません。大きな荷物での訪日旅行なら、駅前の荷物預かりと送迎の仕組みを先に押さえておくと動きやすくなります。
本記事の参考情報
・城崎温泉観光協会「外湯」 — 七つの外湯の営業時間・定休日・泉質と、外湯めぐりの仕組み
・豊岡市観光公式サイト「城崎温泉 鴻の湯」 — 休館中の外湯の基礎情報
・Wikipedia: 城崎温泉 — 開湯伝承と温泉街の地理的背景
・Wikipedia: 城の崎にて — 三木屋と志賀直哉をめぐる文学的背景
編集部から
ホテルホッピングは、宿を消費する態度のように見えて、実際には逆だと編集部は考えている。二軒に分けた旅人は、一軒に二泊した旅人よりも、それぞれの宿を注意深く見る。比較の対象があるからだ。木の軋みも、朝食の器も、部屋から見える向きも、隣に置いてはじめて輪郭を持つ。城崎という町がその比較を許すのは、湯を宿の私有物にしなかった1300年の選択の結果である。
そして数字は、この態度に10月までという期限を示した。蟹が来れば町は別の商品を売り始め、宿を替える旅は割高になる。紅葉の始まりと蟹の解禁のあいだ、10月の三週間ほどが、この町で二軒を並べるのに最も適した窓になる。次はどの温泉地でこの設計が成り立つのか——湯が町に属する土地を、引き続き探していきたい。



