大正九年(1920年)開業の三朝温泉・依山楼岩崎を、編集部が「一軒の宿」として取り上げる。三朝橋のたもとに本館を構える老舗旅館で、世界屈指のラドン含有量を誇る放射能泉と、大正期の木造意匠を残す本館建築を併せ持つ宿である。本稿では、この宿で過ごす1泊と、翌朝に8km北の倉吉・打吹玉川(白壁土蔵群)まで足を延ばす大人の1泊2日を、編集者の視点で描く。
※ 目安価格は公開販売価格の集計に基づく参考値で、実際の予約料金とは異なります。1泊2名利用時の1室あたり料金(税込)です。

三朝橋のたもとに大正9年から建つ老舗。世界屈指のラドン泉と大正築の本館を、一晩かけて味わうための宿である。
HotelPicks Score: 84 / 100 79室、旅館。
目安価格 ¥55,000–¥81,000 / 泊 (2名1室・通常期・1泊2食付)
歴史と建築 — 大正築の本館が残る希少性
依山楼岩崎の創業は大正9年(1920年)。三朝川に架かる三朝橋のたもとに位置し、明治末から大正初期にかけて湯治場として急速に整えられていった三朝温泉の、まさに中心部に本館を構えてきた。「依山楼」という屋号は、背後にそびえる三徳山に依る楼閣、という意であり、宿の名そのものが土地の地形を語っている。
大正築の本館は、現在も骨格を残して使われている。木造の意匠、欄間や床の間の作り、そして館内に幾度も現れる長い廊下と階段の段差は、平成・令和の合理化された旅館建築では味わえないものだ。現代の宿が「動線最短・段差なし」を志向するなかで、依山楼岩崎は意図的に大正の構造を残している。これが、宿全体に独特の「時間の堆積感」を与えている。
本館に加えて、別館・新館・離れが時代ごとに増築されており、客室タイプは多様。記念日や夫婦旅で訪れるなら、川に面した本館側か、露天風呂付き客室を選びたい。
世界屈指のラジウム泉 — ラドン吸入という入浴法

三朝温泉は、ラジウム(およびその崩壊で生じるラドン)の含有量で世界屈指とされる放射能泉である。岡山大学医学部三朝医療センター(当時)が長年にわたり湯治研究を進めてきた泉質であり、温泉医学の文脈で語られる数少ない国内温泉地のひとつだ。
三朝の湯の特徴は、湯に浸かるだけでなく、湯気から立ち上るラドンガスを呼吸器から吸入できる点にある。微量の放射線刺激が新陳代謝や免疫応答を活性化させるとされる現象を一般にホルミシス効果と呼び、三朝はこの効果を期待した湯治場として国内外に知られてきた。湯治の研究で示されてきた標準的な作法は1日30分程度の入湯・吸入を朝晩に分けて行うというもので、依山楼岩崎の館内にもこの作法に沿った滞在を支える設備がある。
依山楼岩崎には、大浴場・露天風呂・貸切風呂・ラドンミストサウナ(ラドン熱気浴)を含めて多数の浴場が用意されている。湯に浸かるだけでなく、湯気の充満するミスト室で呼吸ごと湯治するという、三朝らしい体験ができる。

客室と過ごし方

客室は79室。本館・別館・新館・離れにまたがり、和室を主体に、露天風呂付き和洋室、川向きの上階客室など、用途に応じた選択肢が広い。本館側を選べば三朝川と三朝橋を見下ろす景色が得られ、夕方に橋を渡る浴衣姿の湯治客を眺める時間そのものが、三朝らしい体験になる。
編集部が推したいのは、大人ふたり・あるいは一人の旅程に合わせて部屋を選ぶことだ。記念日や夫婦旅なら露天付きの上位客室を、湯治と読書中心のソロ滞在なら本館の上階の静かな部屋を。広いロビーと長い廊下を含めた館内動線が、宿に「居る」時間の濃度を上げる。
食事 — 山陰の海と山を一晩で

食事は山陰の海と山を主役にした会席。鳥取は日本海の魚介(特に冬の松葉ガニ、夏のイカ・白いか・岩牡蠣)と、中国山地の山菜・きのこの両方を持つ希少な土地で、依山楼岩崎の献立はその両方を一晩に組み込む構成になっている。夏期は岩牡蠣や鮎、鳥取和牛、秋以降は松茸、冬は松葉ガニが加わる。
朝食は和定食。山陰の朝にふさわしい、温泉宿らしい湯豆腐や焼魚を含む構成で、湯治の翌朝の体に合うようまとめられている。
集約レビューが映すこの宿の本質
公開レビューデータを集計すると、依山楼岩崎は「老舗」「湯」「立地」「サービスの誠実さ」に対する評価が安定して高い一方、館内の段差・廊下の長さ・部屋の古さといった「大正築の本館を残しているがゆえの不便」については、評価が二分されている。これは欠点ではなく、編集部の見立てとしては「この宿の本質をそのまま反映した評価分布」である。新築の整った旅館を求める人と、時間の堆積した宿で過ごしたい人とでは、同じ館内設備を見ても感想が異なって当然なのだ。
もうひとつ集約傾向として明確に出るのは、湯への評価の安定感である。三朝温泉そのものへの信頼があり、湯治目的のリピーターが評価を底上げしている。「初めての三朝なら依山楼岩崎」と判断する旅行者の流れが、長く続いている。
立地と倉吉・打吹玉川への動線
宿は三朝橋のたもと。三朝温泉街の中心で、三朝川の河原に湧く「河原風呂」までも徒歩圏。湯治を主目的とした立地選びが完全に成立する。
北へ約8kmに倉吉市の中心市街、そして打吹玉川(白壁土蔵群)がある。打吹玉川は江戸〜明治期の白壁土蔵が玉川沿いに連なる国の重要伝統的建造物群保存地区で、午前中の静かな時間に歩くのが向く。三朝温泉から倉吉駅までは路線バスで約30分、白壁土蔵群までは倉吉駅から市内バスまたはタクシーで数分。タクシーなら三朝温泉から白壁土蔵群まで直接20〜25分で到着する。倉吉駅と三朝温泉を結ぶ「湯〜遊2デーパス」(2日間バス乗り放題)を使えば、車を持たない旅でも動線が組める。
関西圏・岡山・広島から自家用車で訪れる場合は山陰道経由で約3時間圏。長らく未供用だった一部区間の整備が進み、2026年現在、関西・山陽方面からの所要時間は以前より短縮されている。
1泊2日のモデル動線
編集部が組む、依山楼岩崎を起点とした大人の1泊2日のモデル動線を示す。
1日目 — 三朝温泉に「沈む」
- 14:00 倉吉駅着、路線バスかタクシーで三朝温泉へ(バス約30分)。
- 15:00 チェックイン。本館の長い廊下を歩いて部屋へ。窓から三朝橋を確認。
- 15:30–16:30 1回目の入湯。湯に20〜30分、休憩を挟む。
- 17:00 浴衣のまま温泉街を散歩。三朝橋を渡り、河原風呂と足湯を眺める。
- 18:30 夕食。山陰の海と山を組み合わせた会席。
- 21:00 ラドンミストサウナ(熱気浴)で呼吸からの湯治。15〜20分。
- 22:00– 部屋に戻り、川音を聞きながら就寝。
2日目 — 朝の倉吉・打吹玉川を歩く
- 6:30 朝湯。前夜と異なる浴場を選ぶ。
- 7:30 朝食。和定食でゆっくり。
- 9:30 チェックアウト。タクシーまたはバスで倉吉・白壁土蔵群へ(20〜30分)。
- 10:00–12:00 打吹玉川を散策。玉川沿いの白壁土蔵、赤瓦の蔵を改装した工房・喫茶を巡る。観光客の少ない午前中が最良。
- 12:30 倉吉中心市街で昼食(郷土料理、または地魚)。
- 14:00 倉吉駅から帰路。山陰本線で鳥取・米子方面、あるいは特急やくもで岡山経由で関西へ。
向く人 / 向かない人
-
向く:
湯治を目的とした大人の一人旅・夫婦旅、大正期の木造旅館の意匠を体験したい人、温泉医学・ホルミシス効果に関心がある人、倉吉・白壁土蔵群と合わせて山陰の文化遺産を歩く旅程 -
向かない:
最新設備の整ったリゾートを求める人(本館は大正築のため段差・廊下が長い)、幼児連れで宿に長時間滞在する家族旅、観光地をたくさん回って宿は寝るだけにしたい旅程、洋食中心の食を強く望む人
具体情報
- 所在: 鳥取県東伯郡三朝町三朝365-1(三朝橋たもと)
- 最寄り駅: JR倉吉駅から路線バスで約30分(タクシー約20分)
- 客室数: 79室(本館・別館・新館・離れ)
- 泉質: 含放射能-ナトリウム-塩化物泉(高濃度ラドン泉)
- 浴場: 大浴場・露天風呂・貸切風呂・ラドンミストサウナ(複数)
- 食事: 夕食 山陰会席 / 朝食 和定食
- 創業: 1920年(大正9年)
- アクセス(車): 関西・岡山・広島から山陰道経由でおおむね3時間圏
HotelPicks Score
84 / 100 — 評価の内訳: 立地(三朝橋たもとの中心立地)、設備(多浴場+ラドンミスト)、体験(世界屈指のラドン泉+大正築本館)、価格感(老舗格として妥当)、編集適合度(「一軒の宿」テーマに対し非常に高い)。レビュー集計の生スコアは伸びていないが、これは大正築の不便を厭わない湯治客と現代的快適性を求める層との二分が原因であり、編集部はテーマとの整合を重視して評価した。
よくある質問
Q. ベストシーズンはいつですか?
A. 梅雨明け直後の7月中旬〜夏は湯治適期で、川風が宿に通る。11月〜2月の冬期は松葉ガニ目当ての旅程として人気が高く、価格帯も上がる。編集部が推す時期は、湯治と倉吉散策の両方が成立する梅雨明け〜初秋。
Q. 予約のタイミングは?
A. 夏休み(7月後半〜8月)と松葉ガニ解禁直後(11月〜12月)は1〜2ヶ月前に主要客室が埋まる傾向。平日と週末で価格差があるため、湯治目的なら平日連泊を組むのが現実的。
Q. 一人旅でも泊まれますか?
A. 一人泊プランも用意されている。湯治・読書中心の一人旅にはむしろ最適で、本館の静かな客室を希望すると伝えるとよい。湯治場として育った宿のため、一人客への対応は安定している。
Q. 子連れでも泊まれますか?
A. 子連れ宿泊は可能だが、編集部としては幼児を伴う家族旅には向かないと判断する。本館を残している関係で段差・長い廊下があり、湯治目的の高年齢層が中心となるため、館の静けさを保つ意味でも、家族で三朝に泊まる場合は別の宿の選択肢を検討するのがよい。
Q. アクセスは?
A. JR倉吉駅から路線バス約30分、タクシー約20分。羽田から鳥取砂丘コナン空港経由(飛行機75分+陸路1時間)、関西圏からは山陰道経由で車3時間。鉄道なら岡山駅から特急やくも〜倉吉駅で関西圏から半日圏内。
Q. インバウンド客の利用は?
A. 三朝温泉自体が温泉医学・ホルミシス効果の文脈で海外からも知られているため、欧州・台湾・香港からの湯治目的の宿泊が一定数ある。依山楼岩崎は老舗の格を保ちつつインバウンドにも対応してきた宿で、和の様式を体験したい旅行者には向く。
本記事の参考情報
・三朝温泉観光協会 公式サイト — 三朝温泉の泉質・歴史・湯治の解説
・Wikipedia: 三朝温泉 — 温泉地の歴史と地理
・倉吉観光情報 — 白壁土蔵群・打吹玉川の観光案内
・Wikipedia: 打吹玉川 — 国の重要伝統的建造物群保存地区としての背景
・とっとり旅(鳥取県観光連盟) — 県内観光情報全般
編集部から
依山楼岩崎は、新しさで競う宿ではない。三朝という泉そのものの希少性と、大正築の本館を意図的に残してきた運営の判断を、一晩かけて味わうための宿である。湯治を「目的化」できる宿は今や日本でも数えるほどしかなく、なかでも世界屈指のラドン泉を擁する三朝の中心に、大正期の建築を残して立つ依山楼岩崎は、他に代え難い一軒だ。倉吉・打吹玉川と合わせて山陰の文化遺産を歩く旅程は、訪れるたびに違う表情を見せる。次にこの宿に泊まる夜は、どの浴場から始めるだろうか。