温泉旅館におけるサウナは、もはや大浴場の片隅に置かれた「おまけの小部屋」ではない。2026年、銭湯・サウナ業界が「お風呂(026)の年」として記念の一年を掲げるなか、宿を選ぶ動機そのものがサウナに移り、ロウリュ・水風呂・外気浴の三点をどう設計したかが宿の顔になりつつある。編集部はこの動きを「サ旅」と呼ばれる旅の形の成熟と捉え、単独のサウナ施設ではなく、湯を持つ旅館・温泉ホテルの側がサウナをどう再定義したかという系譜に絞って取材した。本稿で取り上げるのは、松山・別府・松本という異なる湯の土地で、それぞれ違う答えを出した三軒である。
| # | 宿 | エリア | Score | 客室 | 目安価格 | 1行特徴 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 東道後のそらともり | 愛媛・松山 | 93 | 25 | ¥47–¥76k | 名水百選の湧水を引いた水深110cmの水風呂と、音響設計されたサウナ室 |
| 2 | 匠晴の宿 心庵 | 大分・別府 | 92 | 13 | ¥35–¥55k | 全室離れメゾネット。掛け流しの内湯・露天とサウナを一棟に閉じた構成 |
| 3 | onsen hotel OMOTO | 長野・松本 | 91 | 38 | ¥26–¥37k | 屋上に北アルプスを望むセルフロウリュのサウナと外気浴デッキ |
※ 目安価格は公開販売価格の集計に基づく参考値で、実際の予約料金とは異なります。1泊2名利用時の1室あたり料金(税込)です。
サウナが「設備」から「動機」に変わるまで
日本の温泉旅館にサウナが入ってきた最初の波は、昭和の観光ホテル期にさかのぼる。当時のサウナは大浴場の一角に置かれた乾式の小部屋で、湯上がりの汗を追加で流すための付属設備にすぎなかった。水風呂は温度管理されず、外気浴という概念にいたっては存在しない。旅館側にとってサウナは、パンフレットの設備欄に一行を足すためのものだった。
この構造が崩れたのは2010年代後半である。都市部にロウリュを前提としたサウナ施設が相次いで開き、「サウナ→水風呂→休憩」を反復する入り方が広く共有された。すると温泉地の側に、奇妙なねじれが生まれる。豊富な湯量と屋外の風という、外気浴にとって理想的な条件を持ちながら、肝心の水風呂が冷えていない宿が大半だったからだ。源泉が主役である以上、冷やすための設備投資は後回しにされてきた。
2020年代に入り、この空白を先に埋めた宿が現れる。チラーで水温を常時管理し、湧水や地下水を引き、屋外に椅子を並べて外気浴の場を確保する。設計上の重心が、湯船からサウナ動線へと移った。ここで起きたのは単なる設備追加ではなく、宿の滞在時間の再設計である。夕食後に一度、就寝前にもう一度、そして朝にもう一度。反復を前提とすると、必要な客室数も、大浴場の営業時間も、男女の入れ替え方も変わってくる。編集部が本稿で「系譜」という言葉を使うのは、この設計思想の連鎖を指してのことだ。
2026年の現在、その到達点は大きく二つの型に分かれている。ひとつは館内共用型――大浴場に接続した本格サウナを核として、日帰り客と宿泊客の双方を受け止める型。もうひとつは客室完結型――ロウリュ・水風呂・外気浴の三点を一室あるいは一棟の中に閉じ込め、他者と共有しない型である。前者は温泉地の公共性を継承し、後者は旅館の「離れ」という日本的な私性を継承する。以下の三軒は、この二つの型の代表例として読める。
1. 東道後のそらともり — 愛媛・松山
名水百選の湧水を水深110cmで湛える水風呂。館内共用型のサ旅として、編集部が最初に挙げる一軒。
HotelPicks Score: 93 / 100 25室、温泉旅館(日帰り温泉併設)。
目安価格 ¥47,000–¥76,000 / 泊 (2名1室・通常期)

なぜ選ばれるか
この宿の核は水風呂にある。名水百選「杖の淵」付近の湧水を引き、チラーで常時16℃以下を保ち、水深は110cm。冷たさの質と沈み込みの深さが、そのままサウナ体験の輪郭を決めている。サウナ室は2025年に全面刷新され、非対称の空間設計と天井傾斜によって蒸気の流れと反響を同時に制御する構成。もう一方の女性用にはロウリュストーブと遠赤外線ヒーターを併用した別室が用意され、男女で異なる設計思想を味わえる。源泉はpH9.2のアルカリ性で、湯そのものにも明確な個性がある。
集約レビューの傾向
公開レビューデータを集計したところ、この宿では浴場に関する言及の比重が突出して高く、なかでもサウナと水風呂に触れる声の割合が同エリアの平均を大きく上回った。評価の方向はおおむね一貫しており、水風呂の温度と深さ、そして休憩スペースの居心地に集中している。一方で日帰り利用を併設する構造上、時間帯によっては混み合うという指摘も一定数見られた。宿泊者専用の枠や早朝帯を選ぶ人ほど満足度が高い、という傾向が読み取れる。
向く人 / 向かない人
-
向く:
水風呂の質を第一条件に宿を選ぶ人、松山空港から短時間で温泉に入りたい旅程、館内で完結する滞在を望む二人旅 -
向かない:
静寂だけを求める人(日帰り客と共用の時間帯がある)、道後温泉本館周辺の街歩きを主目的とする旅程、身長130cm未満の子ども連れでサウナ付き客室を使いたい場合
具体情報
- 最寄り: 松山空港から車で約30分 / JR松山駅から約15分
- 客室サイズ: サウナスイート135(ARCH)は50㎡、定員1〜4名
- 水風呂: 常時16℃以下・水深110cm(名水百選「杖の淵」付近の湧水)
- サウナ: 男性用は2025年全面刷新、女性用は別設計。客室サウナはセルフロウリュ対応(60℃から設定可)
- 泉質: 東道後温泉、pH9.2のアルカリ性
- 駐車場: 無料平面駐車場250台(宿泊者専用エリアあり)
- 営業: 館内は朝5時〜深夜1時(最終受付24時)
2. 匠晴の宿 心庵 — 大分・別府
全室が離れのメゾネット。湯もサウナも一棟の中で完結する、客室完結型サ旅の到達点。
HotelPicks Score: 92 / 100 13室、離れ形式の温泉旅館。
目安価格 ¥35,000–¥55,000 / 泊 (2名1室・通常期)

なぜ選ばれるか
別府湾に近い弓ヶ浜町に、全13棟が離れとして並ぶ。各棟はメゾネット構成で、掛け流しの内湯と露天、あるいは樽風呂を備える。そこにサウナ付き客室と岩盤浴付き客室が加わり、湯からサウナ、そして涼むための坪庭までを一棟の中で完結させる設計になった。泊食分離を採る宿でもあり、夕食の時間に滞在を縛られない。何時に入り、何度繰り返すかを自分で決められる——この自由度こそが、サ旅における客室完結型の最大の価値である。
集約レビューの傾向
公開レビューデータを集計すると、この宿では客室に付属する湯への言及が全体の一割を超え、サウナに触れる声も同規模の宿としては高い水準にある。特徴的なのは否定的な評価がほぼ見られない点で、期待と実体のずれが小さい宿だと言える。評価軸は「他の宿泊客と一切顔を合わせずに湯とサウナを往復できる」という一点に収束しており、共用大浴場を前提とした温泉旅館とは明確に異なる支持のされ方をしている。
向く人 / 向かない人
-
向く:
共用浴場が苦手な人、記念日やカップル旅、外食を自分で選びたい旅程、深夜や早朝に自分のペースで整えたい人 -
向かない:
広い大浴場での湯めぐりを主目的とする人、夕食まで宿で完結させたい旅程(泊食分離が基本)、地獄めぐりなど市内観光を詰め込む旅程
具体情報
- 最寄り: JR別府駅から車で約10分、別府湾沿いの弓ヶ浜町
- 客室: 全13棟が離れのメゾネット。サウナ付き客室「蘭」は77.83㎡(1階リビング5.5帖 / 2階リビング・寝室16.2帖)
- 風呂: 各棟に掛け流しの内湯+露天または樽風呂。サウナ付き・岩盤浴付きの客室タイプあり
- 食事: 泊食分離(素泊まりが基本形)
- 定員: 客室により1〜4名、3名以上は布団を追加
- 開業: 2016年
3. onsen hotel OMOTO — 長野・松本
屋上に上がると、北アルプスが正面に立つ。外気浴の風景そのものを設計した一軒。
HotelPicks Score: 91 / 100 38室、浅間温泉の温泉ホテル。
目安価格 ¥26,000–¥37,000 / 泊 (2名1室・通常期)

なぜ選ばれるか
館内でもっとも見晴らしの良い場所——つまり屋上——を、サウナと外気浴のために明け渡した宿である。7階の大浴場から屋上へ上がると、セルフロウリュ可能なフィンランド式サウナ、温度管理された水風呂、そして展望デッキが並ぶ。外壁の角度と窓の取り方は、西側に立つ北アルプスの山並みが主役になるよう設計された。8階にも別構成のサウナがあり、水風呂とベンチは屋外に置かれる。男女入れ替え制のため、一泊で二つの異なるサウナを体験できる構成になっている。
集約レビューの傾向
公開レビューデータを集計すると、この宿はサウナへの言及率が本稿の三軒で最も高い。館名や食事より先にサウナが語られる宿、と言い換えてもよい。評価は眺望と外気浴の開放感に集中しており、料金帯に対する満足度も高い水準にある。一方で屋上という立地ゆえ、荒天時には利用が停止される点、また男女で利用時間帯が入れ替わる点への戸惑いも散見された。到着時に利用時間を確認しておくと滞在の設計がしやすい。
向く人 / 向かない人
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向く:
外気浴の風景を重視する人、松本城や市街の観光と組み合わせる旅程、価格を抑えて本格的なサウナを求める一人旅・二人旅 -
向かない:
天候に左右されない滞在を望む人(風速13m以上などで屋上サウナは停止)、日帰りでサウナだけ使いたい人(宿泊者限定)、客室内で完結させたい人
具体情報
- 最寄り: JR松本駅からタクシー15〜20分(目安2,000〜2,500円)、路線バスも運行。松本駅への朝の無料送迎あり
- サウナ: 7階・8階の大浴場に併設。7階は屋上にセルフロウリュ式+水風呂+展望デッキ
- 利用時間: 7階は男性15:00〜21:30 / 女性22:00〜24:00・6:00〜9:30(8階は逆)
- 泉質: 弱アルカリ性単純泉(無色透明)、源泉温度48.2℃
- 貸切風呂: 完全個室の檜風呂、45分2,200円(税込・当日受付)
- 駐車場: 徒歩1分の専用駐車場15〜17台、無料
- 入浴時間: 15:00〜翌朝9:30(21:30〜22:00は男女入れ替えのため利用不可)
三軒が示す、これからの温泉旅館
三軒を並べると、サウナの導入が単なる差別化ではないことが見えてくる。そらともりは、日帰り温泉として地域に開かれてきた施設が、宿泊とサウナを軸に自らを組み直した例である。心庵は、離れという日本旅館固有の私的空間に、外来の作法をほぼ無改造で収めた例。OMOTOは、館内で最も価値のある場所を客室ではなくサウナに割り当てるという、面積配分そのものの決断だ。
共通しているのは、いずれも「湯を諦めていない」ことである。サウナを主役に据えながら、源泉の質、泉質の説明、掛け流しの扱いを手放していない。サウナ専門施設との決定的な違いはここにあり、温泉旅館がサウナを取り込む意味もここにある。熱気で身体を開き、冷水で締め、外気で緩め、最後に温泉に戻る——四つ目の工程を持てるのは、湯を持つ宿だけだ。
下呂や由布院でも同様の動きは始まっている。既存の展望浴場にチラーを入れ、貸切枠を切り出し、屋外に椅子を置く。改修の規模としては決して大きくないが、宿の売り方は根本から変わる。2026年を「お風呂の年」と呼ぶなら、それは単に入浴が祝われる年という意味ではなく、湯を持つ宿が自分たちの資源をもう一度定義し直す年である、と編集部は考えている。
よくある質問
Q. サ旅のベストシーズンはいつですか?
A. 外気浴を重視するなら、気温が下がりはじめる10月から11月、そして3月から5月が扱いやすい時期です。真冬は外気浴の時間が短くなり、真夏は水風呂の温度管理が宿によって差が出ます。編集部が推すのは梅雨期で、館内で完結する滞在の価値が最も高く、価格も落ち着きます。ただし屋上型のサウナは荒天時に停止する場合があるため、天候の確認は必要です。
Q. 予約はどのくらい前にすべきですか?
A. サウナ付き客室や貸切枠を持つ宿は室数が限られるため、週末は2〜3か月前には埋まりはじめます。全13棟の心庵のような小規模宿では特に顕著です。逆に平日は直前でも取れることが多く、価格も通常期の下限に近づきます。連休とお盆・年末年始は目安価格から¥10,000ほど上振れする傾向があります。
Q. サウナ初心者でも大丈夫ですか?
A. 三軒とも初心者を想定した設計になっています。そらともりの女性用サウナは段差によって温度を選べ、OMOTOは7階・8階で性格の異なる二室を用意しています。心庵は客室内で誰にも見られずに試せるため、公共浴場に慣れていない人ほど入りやすいと言えます。無理な我慢をせず、短い時間から反復するのが基本です。
Q. 子ども連れでも利用できますか?
A. 宿によって条件が異なります。そらともりのサウナ付き客室は水風呂の利用に身長130cm以上という基準があり、ベッド1台につき幼児1名の添い寝は無料です。OMOTOは貸切風呂を時間予約制で用意しており、大浴場が使いにくい場合の選択肢になります。心庵は離れの構造上、階段や段差があるため、乳幼児連れには不向きです。
Q. アクセスはどうなっていますか?
A. そらともりは松山空港から車で約30分、JR松山駅から約15分。心庵はJR別府駅から車で約10分で、大分空港からは別途アクセスバスを使います。OMOTOはJR松本駅からタクシーで15〜20分、路線バスも運行しており、朝は松本駅への無料送迎があります。いずれも公共交通と車の両方で到達でき、レンタカーがなくても成立する旅程です。
Q. 海外からの旅行者にも向きますか?
A. サウナは言語に依存しない体験であるため、インバウンド層との相性は良好です。特に北欧圏や東アジアからの旅行者にとって、天然温泉とサウナが同じ館内にある構成は日本固有の価値になります。ただし裸で入る共用浴場の作法は事前の理解が必要で、その点では客室完結型の心庵が最も摩擦が少ない選択肢と言えます。
本記事の参考情報
・道後温泉旅館協同組合 — 松山・道後エリアの温泉情報
・別府市観光協会 — 別府八湯と市内観光の公式情報
・松本市公式観光サイト — 浅間温泉・松本市街の観光情報
・Wikipedia: 浅間温泉 — 温泉地の歴史・地理の背景
編集部から
本稿の三軒に共通する選定軸は「サウナが宿の設計思想を変えたかどうか」でした。設備欄に一行を足しただけの宿は、どれほど評価が高くても本稿の対象からは外しています。逆に言えば、屋上を明け渡す、離れを一棟閉じる、大浴場を組み替える——そこまで踏み込んだ宿だけが、サ旅という旅の形に応えられているということでもあります。2026年以降、この系譜に加わる宿は確実に増えるでしょう。あなたが次に泊まる温泉旅館は、湯とサウナのどちらを主役に据えているでしょうか。