雪かき、薪の手配、かんじきでの雪原歩き——雪国の「暮らし仕事」を一泊の旅程に組み込める中規模の宿として、編集部は新潟の2軒を選んだ。2027年の冬に向けて、豪雪地の宿がいま静かに進めているのは、観光名所を回る旅ではなく、その土地で毎日繰り返されている労働に一時間だけ加わる旅の設計である。雪は克服すべき対象から、滞在の主題へと位置づけを変えつつある。本稿は、この動きを「季節労働」「断熱」「薪の運用」という運営側の三つの視点から読み解き、実際に暮らし仕事を公式プログラムとして開いている宿を具体例として挙げる。
| # | 宿 | エリア | 客室 | 目安価格 | 1行特徴 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1 | ryugon(旧・龍言) | 新潟県南魚沼市 坂戸 | 約30 | ¥65–¥133k | 60分の雪ほりを宿の仕事として開く、16棟の古民家ホテル |
| 2 | ひなの宿 ちとせ | 新潟県十日町市 松之山温泉 | 25 | ¥63–¥95k | 積雪4mの薬湯宿。間伐材の薪窯と、ガイド付きの雪原歩き |
※ 目安価格は公開販売価格の集計に基づく参考値で、実際の予約料金とは異なります。2027年1〜2月の1泊2名利用時の1室あたり料金(税込)です。
雪は「排除するもの」から「滞在の主題」へ
豪雪地帯は国土の約51%、そこに総人口の約15%が暮らす。1962年(昭和37年)に豪雪地帯対策特別措置法が制定されて以来、国と自治体が進めてきたのは、要するに雪を早く安全に取り除くための体制づくりだった。近年は除排雪の担い手不足が深刻化し、国土交通省は共助による除排雪体制を支える交付金や、克雪体制づくりアドバイザーの派遣制度まで用意している。雪はコストであり、労働力の問題である——というのが行政の見取り図である。
ところが宿の側では、ここ数年、まったく逆向きのことが起きている。雪を排除する作業そのものを、滞在の中身として旅人に開き始めたのだ。朝の雪かき。薪ストーブのための薪の運用。かんじきを履いて雪原に足跡をつける歩行。いずれも観光資源として磨かれた「体験」ではなく、その土地で生きるために毎日繰り返されてきた手仕事である。編集部が興味を持ったのは、この転換が個人の趣味ではなく、宿の運営設計として組まれ始めている点にある。
なぜ都市生活者は、労働を旅の目的に選ぶのか
理由はおそらく三つある。ひとつは、成果が目に見えること。60分の雪かきは、確実に一本の通路をつくる。数字で評価されない労働の手応えは、都市の仕事ではめったに手に入らない。ふたつめは、身体の使い方が完全に切り替わること。雪はやわらかく重く、シャベルの角度と足の運びを覚えなければ進まない。頭ではなく身体で覚え直す時間が、結果として「冬の再起動」として機能する。
三つめは、その土地の人との関係が変わることである。もてなされる客ではなく、同じ作業をしている一員として一時間だけ並ぶ。土地の側から見れば手が増え、旅人の側から見れば風景の内側に入る。雪国観光圏(新潟・長野・群馬の3県7市町村)が長く掲げてきた「100年後も雪国であるために」という理念は、この関係の作り替えを前提にしている。宿は観光の窓口ではなく、地域の暮らしを見せる場所である、という考え方である。
1. ryugon(旧・龍言) — 新潟県南魚沼市 坂戸
60分の雪ほりを「体験ではなくお手伝い」と言い切り、参加費500円で公式に募集している、雪国の古民家ホテル。
約30室、古民家を移築した中規模の温泉ホテル。
目安価格 ¥65,000–¥133,000 / 泊 (2名1室・2027年1〜2月)

なぜ選ばれるか
上杉謙信の義兄・長尾政景の菩提寺の末寺跡に建つこの宿は、約16,000㎡の敷地に大小16棟の古民家が連なる。その多くが文化文政期(1804〜1829年)の庄屋や豪農の館を移築したもので、雪の重みで自然に曲がった梁がそのまま使われている。2019年夏、越後湯沢の旅館が経営を引き継ぎ「ryugon」として再出発。2023年10月にはグッドデザイン賞を受けた。特筆すべきは建築の判断で、雪国の通りを守る「雁木」に着想を得て、壁で囲われていた内廊下をあえて外廊下に変えている。快適さより、雪の中を歩く時間を客に残す設計である。
集約レビューの傾向
公開レビューデータを集計すると、この宿の評価は建物と食の二点に集中し、しかも両者の評価が連動しているのが特徴的である。移築古民家の空間そのものを目的として訪れる層が厚く、冬季は雪景色とセットで語られる比率が上がる。一方で、広い敷地に棟が分かれる構造上、移動距離や段差に関する言及も一定量ある。静けさと歴史的建築を優先する滞在では高く、館内動線の効率を重視する滞在ではやや評価が割れる——そうした二面性が読み取れる一軒と言える。
向く人 / 向かない人
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向く:
雪国の労働に実際に加わりたい大人二人旅、民俗建築や移築古民家に関心のある人、日中に体を動かして夜は静かに過ごしたい一人旅 -
向かない:
雪かきワークショップ目当ての幼児・小学生連れ(18歳以上限定のため参加できない)、館内移動を最小限にしたい旅程、スキー場までの送迎を前提にした滑走中心の旅
具体情報
- 最寄り駅: 上越線・ほくほく線 六日町駅から徒歩18分(タクシー4分)。越後湯沢駅前から送迎車で約30分
- 客室: 約30室。和室クラシックは31〜42㎡、Classic Aは50㎡超、ヴィラスイートは定員4名
- 冬季ワークショップ: 「雪かきウェイト」12:00集合/12:30〜13:30に雪かき/13:30〜15:00にランチと温泉入浴。参加費500円(保険料)、18歳以上、道具・長靴・手袋の貸し出しあり
- 雪原歩き: 「田んぼハイキング」は1〜3月の金・土、9:00〜12:00。2名参加で1名8,800円、アウターウェア・スノーブーツ・スノーシュー込み
- 積雪: 毎冬2m以上(公式)
- 建築: 文化文政期の庄屋・豪農の館を移築。中門造、篭通しなど民俗建築の要素が残る
薪という、宿にとっての季節労働
薪割りは、旅人の目に映るより先に、宿の運営問題である。薪ストーブや薪窯を持つということは、伐り出し、玉切り、割り、一年以上の乾燥という工程を毎年回し続けることを意味する。冬の一泊で客が体験できる「薪割り」は、その長い工程のごく一部を切り出したものにすぎない。だからこの手仕事を安易に商品化できる宿は、実はそれほど多くない。逆に言えば、薪の出どころまで説明できる宿は、運営として相当に踏み込んでいる。
そこに断熱の問題が重なる。古い木造の宿ほど、暖房負荷は大きく、薪の消費も増える。快適さのために断熱と気密を上げれば、雪や寒さは滞在から遠ざかる。ryugonが内廊下を外廊下に変えたのは、この二律背反に対する明確な回答だった。客室は暖かく、通り道は寒い。寒暖の落差そのものを滞在の輪郭にする設計である。
2. ひなの宿 ちとせ — 新潟県十日町市 松之山温泉
積雪4mの薬湯の里で、間伐材を薪窯に、籾殻を炊飯の燃料に回す。燃料の出どころが見える25室の宿。
25室、日本三大薬湯のひとつを源泉かけ流しで持つ温泉旅館。
目安価格 ¥63,000–¥95,000 / 泊 (2名1室・2027年1〜2月)

なぜ選ばれるか
真冬には4mを超える雪が里山ごと風景を覆う松之山に建つ、25室の温泉宿である。草津・有馬と並ぶ日本三大薬湯のひとつを源泉かけ流しで持ち、露天風呂「月見の湯」を軸に湯治の滞在を組み立てている。編集部が推す理由は湯だけではない。向かいの多目的施設では地域の間伐材を燃料にした薪窯で料理を焼き、館内の釜炊き場では米の脱穀で出る籾殻を燃料に棚田米を炊く。燃料と食材の出どころが、そのまま滞在の説明になっている。
集約レビューの傾向
公開レビューデータを集計すると、泉質と食事に対する評価が突出して安定しており、季節を問わず水準が落ちにくいことが読み取れる。冬季は雪見の露天風呂と温まりの持続に言及が集中し、湯上がりの体感を評価する傾向が強い。一方、山あいの温泉街という立地上、悪天候時の到着難易度に触れる声も見られる。派手さで押すのではなく、湯と食と地域の説明を積み上げる型の宿であり、評価の分散が小さいことが特徴と言える。
向く人 / 向かない人
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向く:
湯治の型で連泊したい人、雪原歩きを小学生の子どもと一緒に体験したい家族、食材と燃料の来歴に関心のある旅 -
向かない:
自力で雪道を運転したくない旅程(冬季は送迎バスの時刻に合わせる必要がある)、繁華街や夜の外食を求める滞在、当日思いつきで雪原歩きに参加したい人(前日16時までの申し込みが必要)
具体情報
- 最寄り駅: ほくほく線 まつだい駅から無料送迎バス(迎え14:20/16:20、送り9:10/10:00)
- 客室: 25室(温泉スイート1/温泉セミスイート1/特別室3/準特別室2/和洋室3/和室14/離れ1)
- チェックイン: 15:00〜 / アウト 〜10:00
- 雪原歩き: 美人林のガイド付きスノーシュー(西洋式のかんじき)と囲炉裏体験。冬期の火曜を除く9:30〜11:30、所要2時間、1名3,000円・小学生2,300円、2名から、前日16時までの申し込み。道具・ウェア・長靴は無料貸し出し
- 燃料の運用: 松之山地域のナラ・ブナの間伐材を薪窯に、米の籾殻を「ぬか釜」の燃料に使用
- 風呂: 露天風呂「月見の湯」1、露天風呂付き大浴場2、貸切風呂2
- 積雪: 真冬は4m以上(公式)
暮らし仕事を商品にするとき、宿は何を引き受けるのか
労働を旅程に開くのは、宿にとって簡単な話ではない。まず安全の問題がある。屋根の雪下ろしは死亡事故に直結する作業で、旅人に開けるものではない。実際、2軒とも客に開いているのは平場の雪かきや雪原歩きであり、高所作業には触れていない。ryugonが参加費を保険料と明示し、18歳以上に限っているのも同じ理由である。
次に人手の問題がある。豪雪地の宿は、冬に最も忙しく、最も人が足りない。そこへ「客を作業に立ち会わせる」という工程を足せば、レクチャーと道具の管理に人が要る。それでも実施するのは、雪かきの一時間が、地域の労働を理解してもらう最短の方法だからだろう。行政が担い手不足の対策として共助の体制づくりを進める一方で、宿は旅人を一時的な共助の担い手として招き入れている——構図として見れば、この二つは同じ課題の表と裏である。
2027年の冬に向けて編集部が注視しているのは、こうしたプログラムが「珍しい取り組み」から「宿の標準的な過ごし方の一つ」に移るかどうかである。移った時点で、豪雪という条件は不利ではなくなる。
よくある質問
Q. ベストシーズンはいつですか?
A. 雪かきや雪原歩きを目的にするなら、積雪が安定する1月中旬から2月が本題の時期になる。ryugonの雪原ハイキングは1〜3月の金・土に設定され、雪原ランチは12月下旬から2月末が目安。12月上旬は雪が浅く、3月下旬は雪解けで雪面が緩むため、編集部が推すのは1月下旬から2月中旬である。
Q. 予約のタイミングは?
A. 厳冬期の週末は年内には動き始める。加えて、雪かきや雪原歩きのプログラムは定員が小さく、当日申し込みができないものが多い。ちとせの雪原歩きは前日16時まで、ryugonの雪原ランチは事前予約制である。宿と体験を別々に押さえる必要があるため、宿泊の確定後すぐに体験の空きを確認する順序が合理的である。
Q. 子ども連れでも参加できますか?
A. プログラムによって分かれる。ryugonの雪かきワークショップは18歳以上限定で、子どもは参加できない。一方、ちとせの美人林スノーシューは小学生料金が設定されており、家族での参加を想定している。子どもと一緒に雪国の手仕事に触れる旅程なら、松之山を軸に組むほうが無理がない。
Q. アクセスは?
A. どちらも上越新幹線 越後湯沢駅が起点になる。ryugonは六日町駅から徒歩18分またはタクシー4分、越後湯沢駅前から送迎車で約30分。ちとせはほくほく線まつだい駅から無料送迎バスで、迎えは14:20と16:20の2便。2軒の直線距離は約25kmだが、冬季の路面状況を考えると1泊ずつ分けて回る形が現実的である。
Q. 装備は自分で用意する必要がありますか?
A. 大半は貸し出しで足りる。ryugonの雪かきワークショップは道具・長靴・手袋を貸し出し、雪原ハイキングはアウターウェアとスノーブーツ、スノーシューが料金に含まれる。ちとせの雪原歩きも道具・ウェア・長靴が無料で貸し出される。濡れてもよい服装と替えの靴下、日差しの強い日のサングラスを持つと快適になる。
Q. 海外からの旅行者にも向きますか?
A. 向く。雪国観光圏は新潟・長野・群馬の3県7市町村で構成され、雪国文化を軸にしたブランディングを国内のDMOの先駆けとして進めてきた。ryugonは英語ページを持ち、両館とも欧州発の「エコロッジ」の枠組みで紹介されている。ただし体験プログラムのガイドは日本語が基本であるため、細かい解説を求める場合は事前の確認が要る。
本記事の参考情報
・国土交通省「豪雪地帯対策の推進」 — 豪雪地帯の面積・人口比、除排雪体制に関する制度
・雪国観光圏 — 新潟・長野・群馬の3県7市町村による地域連携の取り組み
・十日町市観光協会 — 松之山・美人林周辺の観光情報
・Wikipedia: 松之山温泉 — 泉質と温泉地の歴史的背景
編集部から
今回の2軒は、雪を見せる宿ではなく、雪と付き合う手つきを見せる宿として選んだ。共通しているのは、体験の値づけが驚くほど控えめなことである。60分の雪かきが500円、ガイド付きの雪原歩きが3,000円。この価格帯は、プログラムが収益源ではなく、地域の説明装置として設計されていることを示している。豪雪という条件を観光資源に変える動きは、今後、東北や北陸の中規模宿にも広がるはずである。次の冬、旅の目的欄に「雪かき」と書く人がどれだけ増えるのか——その数は、雪国の宿の設計思想が変わったことの、いちばん正直な指標になるだろう。



