松山は、路面電車で完結する街である。伊予鉄道松山市内線に乗れば、道後温泉駅から松山城ロープウェイ口、坂の上の雲ミュージアム、萬翠荘、大街道までが十五分圏に収まる。市内一日乗車券は七百円。本館の保存修理が二〇二四年七月に終わり、現存する日本最古の温泉公衆浴場として再び光を集めるなか、街そのものを徒歩と路面電車で歩く秋の旅程が、これまでになく組みやすくなっている。漱石と子規の文学散歩に最適な九月下旬から十一月、編集部は道後と大街道の徒歩圏に絞って六軒を選んだ。客室規模・運営の質・路面電車駅からの距離で振るい、瀬戸内の旅で長らく主役にならなかった松山を、もう一度真ん中に置き直すための選定である。
※ 目安価格は公開販売価格の集計に基づく参考値で、実際の予約料金とは異なります。1泊2名利用時の1室あたり料金(税込)です。
1. 道後温泉ふなや — 松山市・道後湯之町
全58室、道後を代表する老舗旅館。
目安価格 ¥59,000–¥86,000 / 泊 (2名1室・通常期)

なぜ選ばれるか
寛永四年(一六二七)創業、夏目漱石と正岡子規が滞在した文献記録の残る唯一の宿である。本館までは徒歩二分、道後温泉駅からは三分。回遊式の日本庭園と俳句ラウンジ付きスイートが、文学散歩の旅程と地続きに体験できる点が他の老舗と分かつ。源泉一〇〇%掛け流しの檜湯と御影湯は、それぞれ意匠の異なる内湯で、湯量の豊富さは道後でも屈指。
集約レビューの傾向
公開レビューデータを集計した編集部の所感としては、館全体の格式と接客の落ち着きを評価する大人客層からの支持が安定している。庭園の手入れと朝食の品書きへの言及が多く、ハイシーズンの混雑期でも個室食事や女性湯の整いが崩れにくいことが繰り返し挙がる。価格帯は道後でも上位だが、それを支える運営の厚みがあると読み取れる。
2. 道後舘 — 松山市・道後多幸町
全90室、建築家・黒川紀章の設計による近代旅館。
目安価格 ¥69,000–¥95,000 / 泊 (2名1室・通常期)

なぜ選ばれるか
道後温泉駅から徒歩五分、本館までは六分。一九八九年開業、江戸期の旅籠を意識した黒川紀章の建築で、吹き抜けから流れる滝と石畳の通り土間が客を迎える。建築としての来歴を持つ旅館は道後では他になく、文学散歩との相性が良い。湯は道後源泉を引き、男女別の大浴場と露天風呂が完備。客室は和室主体で、温泉地らしい広さが確保されている。
集約レビューの傾向
公開レビューデータを集計した編集部の所感としては、空間そのものを目当てに選ぶ層の評価が高く、滞在の体験価値で語られる傾向が見て取れる。家族・三世代客の感想では、広めの客室と段差の少ない動線への言及が多い。食事は会席中心で、味の好みは人を選ぶ傾向もあるが、運営全体としては安定した中上位帯である。
3. 大和屋本店 — 松山市・道後湯之町
全91室、慶応四年(一八六八)創業、能舞台「千寿殿」を擁する数寄屋造りの純和風旅館。
目安価格 ¥55,000–¥81,000 / 泊 (2名1室・通常期)

なぜ選ばれるか
道後温泉本館に隣接、徒歩一分以内という道後随一の立地。能舞台を館内に持つ稀少な旅館で、薪能や能体験の定期催行は一五〇余年の継承の中で育てられてきた文化資産である。客室は和室と和洋室で、源泉湯の大浴場・露天風呂・貸切風呂が揃う。瀬戸内の珍味を会席で出す料理は土地の食材で組まれ、文学旅の節目の夜にふさわしい。
集約レビューの傾向
公開レビューデータを集計した編集部の所感としては、能舞台での演目や雅楽の催行を旅の動機にしている客層が一定数おり、文化体験としての価値で評価されている点が他旅館と異なる。記念日利用での感想が多く、接客の丁寧さと数寄屋の意匠への言及が安定している。一方、本館リオープン直後のハイシーズンは予約が逼迫しやすいことが繰り返し見える。
4. オールドイングランド 道後山の手ホテル — 松山市・道後鷺谷町
全70室、英国チューダー様式の洋風ホテル。
目安価格 ¥20,000–¥47,000 / 泊 (2名1室・通常期)

なぜ選ばれるか
道後温泉駅から徒歩二分の山の手側にある異色の洋風ホテル。和風一辺倒の道後で英国チューダー様式という選択は、漱石が松山に赴任した時代背景—英国留学を経た文人の視座—と意外に響き合う。客室はベッド主体の洋室で、和室での就寝が苦手な層に向く。道後温泉の源泉を引いた大浴場とロウリュサウナを備え、料金帯も道後の老舗旅館より一段抑えめである。
集約レビューの傾向
公開レビューデータを集計した編集部の所感としては、ふたり旅・女性客からの支持が厚く、洋室での就寝の楽さと朝食の洋食メニューへの言及が多い。和の様式に飽きた連泊旅程の二泊目以降に充てる層も見られる。価格と立地のバランスへの評価が高く、コストを抑えながら徒歩圏の自由度を取りたい旅程に合う一軒として読み取れる。
5. 茶玻瑠 — 松山市・道後湯月町
全66室、本館徒歩一分、屋上展望露天から松山城が望める旅館。
目安価格 ¥38,000–¥62,000 / 泊 (2名1室・通常期)

なぜ選ばれるか
道後温泉本館の東側、徒歩一分の距離にある。最大の特徴は道後で初めて設けられた屋上展望露天風呂で、晴れた夜には城下町の灯と松山城の天守が遠景に浮かぶ。源泉掛け流しの内湯と砥部焼の浴槽を備えた特別室タイプもあり、湯と器が同じ滞在で味わえる点に編集部は注目している。本館までの動線が短いため、外湯巡りの拠点として組みやすい。
集約レビューの傾向
公開レビューデータを集計した編集部の所感としては、屋上露天の眺めへの評価が際立って高く、それを目当てに選ぶ層が多い傾向が見える。砥部焼浴槽の特別室への感想は専門性が高く、リピーター比率の高さがうかがえる。ハード面で築年相応の指摘が見られる一方、湯と眺めの組み合わせという固有性が滞在価値を支えていると読み取れる。
6. ホテルビスタ松山 — 松山市・大街道
全140室、路面電車「大街道」電停徒歩一分のシティホテル。
目安価格 ¥14,000–¥20,000 / 泊 (2名1室・通常期)

なぜ選ばれるか
二〇二〇年開業の比較的新しいシティホテルで、松山随一の繁華街・大街道のアーケード入口に立つ。坂の上の雲ミュージアム、萬翠荘、松山城ロープウェイ口までいずれも徒歩十分圏。道後行きの路面電車もここから一本で繋がるため、温泉地に泊まらない選択肢として、文学散歩を市街側から組む旅程に向く。客室は機能性を抑えたベーシック設計で、価格を抑えながら立地の優位を取り切るタイプである。
集約レビューの傾向
公開レビューデータを集計した編集部の所感としては、立地への評価が突出して高く、出張・観光双方の動線を効率化できる点で支持されている。朝食のビュッフェ品質と、新しい館の清潔感への言及が安定している。客室の広さは標準的だが、シティホテルとしての価格・立地の費用対効果は明確で、温泉宿を一泊だけ挟む二泊三日の旅程の二泊目に充てる組み方とも相性が良いと読み取れる。
編集部から
松山を路面電車徒歩圏で組み直すと、道後と大街道のあいだに思いがけず文学・建築・温泉の三層が重なって現れる。本選定は道後の老舗旅館四軒、異色の洋風一軒、市街シティ一軒という構成で、価格帯は一万四千円から九万円台までを段違いに置いた。秋の文学散歩シーズン(九月下旬〜十一月)は気候が穏やかで、本館の朝六時開湯と路面電車の朝便を組み合わせると、観光地の混む十一時前に一日の主要動線を済ませられる。次に書くなら、しまなみ海道の今治側起点で連泊する旅程か、本誌で扱ってこなかった瀬戸内海沿岸の島宿との接続を取り上げたい。



