奥飛騨温泉郷の最深部、新穂高にいたる谷あいに、収容約250畳とされる男女混浴の大露天風呂を持つ宿があった。水明館佳留萱山荘 — 1970年代から男性ソロ旅、山岳写真家、温泉愛好家に語り継がれてきた一軒である。建物は装飾を排した山小屋造り、夕食は囲炉裏で朴葉味噌と川魚を炙る。観光化された温泉地が増えていく中で、この宿は「奥飛騨らしさ」を頑なに守った数少ない場所だった。本記事は、その本質を編集部の目線で記録する一本である。なお、佳留萱山荘は2018年12月より改装・耐震工事のため休業中であり、現時点では宿泊できない(公式情報)。それでも記録する価値のある宿として、ここに残す。
※ 本記事は公開情報および公式サイトの記載に基づく。営業状況は変動するため、最新情報は宿または奥飛騨温泉郷観光協会に確認のこと。

HotelPicks Score: 88 / 100 約14室、旅館(山岳系)。岐阜県高山市奥飛騨温泉郷神坂。
現時点では休業中のため目安価格の掲載なし / 再開後は公式情報を確認
歴史と建築 — 山小屋造りの一軒
佳留萱山荘の本質は、装飾を加えないことにある。木造の主屋は二階建て、外壁は焼杉と土壁、屋根は深い軒。新穂高ロープウェイへと続く県道475号の途中、蒲田川の渓谷沿いに建てられた立地は、観光地としての奥飛騨ではなく、登山口としての奥飛騨を志向していた。同経営の槍見館(新穂高温泉本通り)と並び、水明館グループが「下呂温泉の大型旅館経営」と「奥飛騨の山岳系秘湯経営」の両軸を持つことを象徴する一軒である。
客室数は約14室と小規模。これは大露天風呂の容量に対する宿泊側の意図的な絞り込みで、日帰り入浴と宿泊客を共存させる思想の表れだった。その後の増改築を経ながらも、いわゆるリゾートホテル化を避けてきた。山岳の宿で、観光物産展示の少ない、囲炉裏と渡り廊下と漆喰壁だけの空間。これが佳留萱山荘の編集者から見た核である。
滞在の体験 — 大露天風呂と囲炉裏食
名物の大露天風呂は約250畳、男女混浴。湯は単純泉および炭酸水素塩泉、源泉温度は57〜89度と公式情報に明記されている。岩の配置で複数のくぼみを作り、深さの違う湯船が連続する構造。蒲田川の流れと向き合う形で開けており、川音が露天の体験を規定する。混浴に抵抗のある利用者のために女性専用時間も設定されていた。
食事は囲炉裏のある食堂で、朴葉味噌、岩魚または鮎の塩焼き、山菜、飛騨牛の朴葉焼きが中心。料理屋のような繊細な懐石ではなく、山小屋の延長としての温かい家庭食に近い。器も派手さを避け、漆や鉄製の素朴なものが使われていた。これは「奥飛騨らしさ」を選び取った宿の意志である。

男性ソロの2泊3日 — 動線の編集部試案
再開後を想定した、編集部の動線案を記録する。1日目は新宿または名古屋から高山経由で平湯温泉バスターミナルへ。平湯から濃飛バスで約30分、宿前のバス停で下車する。チェックイン後、夕方の大露天風呂に入る。蒲田川の水音を聞きながら、湯から見上げる笠ヶ岳方面の稜線が、この宿を選ぶ唯一の理由になる。
2日目は新穂高ロープウェイへ。宿から車またはバスで約15分、第二ロープウェイ山頂駅(標高2,156m)から西穂高岳の眺望、晴天時は槍ヶ岳の穂先まで望む。下山後、平湯神社や奥飛騨クマ牧場ではなく、新穂高温泉の他宿の日帰り湯(中崎山荘・奥飛騨の湯など)を回って湯の違いを確かめる旅程が、この宿を選ぶ層には合う。夜は宿に戻り、もう一度大露天へ。星空と岩の影だけが視界を占める時間が、男性ソロ旅の聖地と呼ばれた所以である。
3日目は高山市街地に立ち寄ってから帰路につく。古い町並みは観光化が進んでいるが、宮川朝市での川魚の燻製や、地酒の試飲は奥飛騨で過ごした2泊との対比として機能する。
集約レビューが映すこの宿の本質
公開レビューデータを集計すると、佳留萱山荘の支持は明確に「湯」と「立地」に集中していた。サービスや食事は最高評価帯にはなく、むしろ「素朴」「山小屋的」という評価が中心。この宿は接客の上質さを競う旅館ではなく、湯と環境だけで成立する一軒として支持されてきた。逆に、洗練されたインテリアやコース料理を望む層との相性は低かったことも、集約パターンから読み取れる。男女混浴に抵抗のない層、温泉そのものに価値を置く層、山岳行と組み合わせて使う層 — 客層は明確に分かれていた。

立地と周辺 — 平湯から30分の谷あい
佳留萱山荘は奥飛騨温泉郷の中でも新穂高温泉エリアに属し、平湯温泉から濃飛バスで約30分、車で約20分の位置にある。高山駅からは濃飛バスで約1時間40分。東京方面からは中央道松本IC経由、安房トンネルを抜けて約80分。名古屋方面からは東海北陸道、高山西ICから約1時間。最寄りの公共交通は宿前のバス停(中尾高原口)で、新穂高ロープウェイの第一駅にも近い。
周辺は登山口の集積地で、笠ヶ岳・抜戸岳・西穂高岳のいずれの登山口にもアクセスできる。観光地としての賑わいは平湯温泉や下呂温泉に比べて薄く、それがこの宿の集客戦略と一致していた。
こんな旅人に
-
向く:
温泉そのものに価値を置く一人旅、新穂高ロープウェイや笠ヶ岳登山口を組み合わせる山好き、観光化された温泉地を避けたい層、男女混浴に抵抗がなく湯の質と量を最優先する旅人 -
向かない:
懐石コースや繊細な接客を求める層(料理は山小屋の家庭食に近い)、混浴に抵抗のある層(女性専用時間はあるが宿全体の前提は混浴文化)、観光や買い物を旅程に組み込みたい層
具体情報
- 所在地: 〒506-1421 岐阜県高山市奥飛騨温泉郷神坂555
- 最寄りバス停: 濃飛バス「中尾高原口」徒歩すぐ(平湯バスターミナルから約30分)
- 客室数: 約14室(小規模)
- 露天風呂: 約250畳の男女混浴大露天風呂(女性専用時間あり)
- 泉質: 単純温泉・炭酸水素塩泉(源泉温度57〜89℃)
- 食事: 囲炉裏のある食堂で朴葉味噌・川魚・飛騨牛朴葉焼き等
- 現在の営業状況: 2018年12月より休業中(改装・耐震工事のため、再開時期未公表)
- 運営: 水明館グループ(下呂温泉 水明館・新穂高温泉 槍見館と同経営)

HotelPicks Score の内訳
88 / 100。立地(奥飛騨最深部・登山口集積エリア)、施設の独自性(250畳級の混浴大露天は全国でも数軒)、運営思想の一貫性(観光化を避け、湯と環境に振り切る)の3点が高評価の根拠。一方で、現時点が休業中であること、料理・接客が万人向けでないことから上限はかからない。歴史的・文化的価値を含めた編集部評価としての88である。
本記事の参考情報
・水明館佳留萱山荘 公式サイト — 営業情報・アクセス・施設情報の一次ソース
・奥飛騨温泉郷観光協会 — エリア観光情報
・Wikipedia: 奥飛騨温泉郷 — 地理と歴史の背景
編集部から
佳留萱山荘を取り上げた理由は、現役の宿だからではなく、奥飛騨温泉郷というエリアの「失われつつある原始性」を最も象徴的に残した一軒だからである。再開を待つ宿として記録するこの一本が、再開時の予約判断、あるいは近隣の系列宿・代替宿を選ぶ際の参考になれば、それが本記事の役割と考える。HotelPicksでは引き続き、奥飛騨・新穂高エリアの宿、男性ソロ旅向けの山岳系一軒宿を取り上げていく。あなたが次に湯と山を訪ねるなら、どの宿を選ぶだろうか。